8月30日
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海沿いの道を海水が超えた
いつもなら台風や、大潮の夜は、満潮より1時間ほど前から見回りに出かける。でも、16号の報道は大型で、年に一度の大潮と重なると言う。「もっと前から出かけないと。」と夫と二人で食後話していたところ。午後10時金浦の竜宮荘からの放送で、避難勧告が聞こえた。まさかと思いながら夫と車で出かける。
生江浜では国道以北の海岸線が満潮まであと2時間足らずだというのにもう海岸道路の路面の高さに近づこうとしていた。ここにパラペットはない。部分的にガードレールがあるのみ。そして11時海沿いの道を海水が超えた。消防も福助興業さんも排水ポンプを設置、作動させていたが間に合わない。
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見る見るうちに胸まで水が
おじいちゃんの介護に忙しいKさん。おじいちゃんを背負って外に出ると、もうひざまで海水が。
車は三台もう動かない。避難所の公民館までは距離がある。通り向かいのMさんがうちへおいでと救いの手を差し伸べた。どんなに助かっただろう。地盤沈下の少ないMさん宅も階段まで水が来たと言う。
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水門を海水が超えた
金浦湾の奥、吉浜西水門の橋は満潮時、橋の上20cm冠水。水門を海水が超えた。あふれた水は道路を超えて集会所を襲う。
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吉田川が氾濫した
午後10時、吉田川河口沿いの護岸から海水が浸入。かつて魚市場だった魚竜さんの裏が吉田川河口に面している。ここは海岸のパラペットより28センチも低い。そこから海水がこれでもかと言うほど、もと魚市場だった広間を通って少路になだれ込んでくる。水がくるぶしまで来た。道角の駄菓子やさんには1人暮らしのおばあちゃん。浸入する水から電気器具を移動するのを手伝った。「光明院前の笠原さんが危ない!」の声に、思わず近くの消防団員の方に「1人で動けない。行ってあげて!」とお願いした。「上少路がつかった!!」と言う声に、急いで駆けつけると、久我邸の裏はすでに吉田川からの浸水で10メートルは通れない。竜宮荘に帰りかけた。魚竜の前が大変だ。さっきまでくるぶしまでだったのが、足の付け根までになっている。
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8月31日
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早朝より被災地を巡って、トイレ汲み取りの要・不要を聞き取り、環境課へ依頼電話・Faxすることに一日を費やした。生江浜地区被災地は夕べのうちに届出が済んでいたので、それ以外、金浦と新川を歩いた。
特に新川は、吉田川護岸防波堤の要望が強い。又、避難場所に金浦小学校が指定されているが、とても夜間高齢者の歩ける距離ではなく、地域の世話人さんが、独断で近くの保育園に避難させた。翌日の今日、園長に連絡をしたら、快く避難所として使ってくださいとのこと。早速市の対策本部へ、行政として、正式に要請していただく様お願いした。
1軒1軒お訪ねして、話を聞くと一つ一つ問題点が見えてくる。Hさんの家の前、コンクリートが座の下に崩れ落ちてぽっかりと穴が開いている。県に早速調査と補修を依頼した。(写真)
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県道より西一帯は盆地のように低くなっている。吉田川の増水した水は県道を越えて沿道の家の横、床下、小路を通り抜けて新川地域を直撃した。裏庭の土と、塀を倒して水が通り抜けた。(写真) |
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倒された塀に干し物が並ぶ。(写真) |
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金浦竜宮荘は老人福祉施設で共同風呂がある。週三回の入浴は楽しみ。台風から一夜明けての31日、海水に浸かったボイラーが動かない。すぐ市へ報告。担当から連絡あり。2機とも取り替えていただくことになった。災害補助の適用となり、ほっとしている。(写真)今度の取り付けはもっと高い位置になるとのこと。 |
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くたくたになって、家に帰る。夕飯を食べながら、私たちに何ができるかと考えた。一日歩きながら、どの家にも私を置いていきたい思いに駆られた。いくつからだがあっても足りない。夫が言った。「子供たちしかいない。」と。早速思いつくままに電話した。快く承諾を頂いた。友人の先生のご家族まで来ていただけることに。ありがたい。今日の疲れが吹っ飛んだ。 |
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