ひのつ倫子 : 2006年12月1日

伊勢えびを頂きました。こんな大きいのは見たことも、さばいたこともありません。我が家の家族が集まって海の幸と一緒に頂きました。さしみ、ボイル、汁、捨てるところは何もありません。触覚でさえ、1歳半になる孫のおもちゃになっていました。
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ひのつ倫子 : 2006年11月30日

25日は雨模様。でも飛島に出かけました。いつもは揺れない船も今日は大変でした。本も集中して読めません。島に上がるとほっとします。「今日は降りますよ。」と、つりに来られたお二人が確信をもって言われたとおり、しばらくすると雨が降り始めました。時々降り止んで歩くハチマキ道路が新しく見えました。傍らに咲き始めた花もやがて「満開になるころには椿の硬いつぼみも開き始めるなー」とひとりつぶやきながら島を巡りました。
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ひのつ倫子 : 2006年11月29日

雨の23日、友人と共に「旅の贈り物」を観に行きました。見慣れた島の人たちや、島の風景が物語の背景に見られ、親しみを感じると同時に、主題とされた人の心を癒す旅の場面に真鍋島が選ばれたことをうれしく思いました。主役の多岐川華子さんが挨拶をされましたが、とてもかわいく、それが何よりもスクリーンを身近なものにしました。おまけにラストには、私の大好きな「いい日旅立ち」のメロディーが流れたのですから!!
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ひのつ倫子 : 2006年11月28日

雨の朝となりました。19日のベイファームマラソン大会、中止ではないかと心配しながら会場に出向きました。小雨の中多くの選手が集まり、予定通り始まったマラソン大会です。子供達の必死の走り、楽しむ走り、さまざまな姿が見て取れます。子供達が風を引かないかととても心配でした。私は走るのをやめてもう7年になります。また走れるようになるのはいつのことでしょうか。羨望のまなざしで見ていました。
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ひのつ倫子 : 2006年11月26日

地域の公民館行事に、わくわく探検隊というのがあります。昨年は、吉浜地域を中心としたおじ蔵さんめぐりでした。今年は18日、生江浜地域の歴史探訪と言う企画でした。5人から10人のグループが次々と出発します。途中10箇所に地域の歴史の説明所があり、それをもとに問題のありかを訪ねて答えるというパターンで、最初は右往左往しながら楽しく歩きました。
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ひのつ倫子 : 2006年11月25日

15日、北木島に行って、みちこだよりを配りました。行くたびに何か発見するのですが、今回は、石を積み上げて作ったおうちの発見です。壁のモザイクがとても近代的です。
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ひのつ倫子 : 2006年11月23日

13日、笠岡諸島の高島にこれまで望まれていた診療所が開設されました。9時からの開所式には、市民病院の上田先生と看護師さん、地元の人たち、約50名が参加しました。しかし、開所は。月2回であり、島民の願いを十分満たすものではなく、今後の課題も大きいと感じました。
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ひのつ倫子 : 2006年11月17日

12日、婦人会の方たちと共に鳥取へ親睦旅行に行きました。かわいい!思わずみんな口にします。私も驚きました。ただただみんなといればいいとの思いが強かったのですが、この子達の出現には私も思わず声を上げました。でも私の一番見たいペンギンは、北海道の雪の上を集団で散歩するペンギン達です。ここのペンギンはおしゃれで少しお化粧したような姿に見えました。
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ひのつ倫子 : 2006年11月17日

11日の朝、大雨が降りました。強い風もあり、ずいぶん心配しましたが、昼には晴れ間が出て明るくなりました。今日は笠岡学園のどんぐり祭です。障害を持たれた方たちの地域との最大の交流の場となりました。いつも婦人会、農協婦人部、愛育委員会、地域業者さん、など多くの皆さんでバザーを開いています。私が一番気に入ったのは、入所者の皆さんが作られた手づくり和紙のカレンダーです。2007年のお正月を飾るにふさわしいものだと思って求めました。雨上がりの時折小雨の中、いつものようにバザーはにぎわっていました。
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ひのつ倫子 : 2006年11月17日

10日、埼玉県の滝乃川学園(知的障害者更正施設)を視察してきました。一ツ橋大学の近くでした。広い敷地の中に川が流れています。大きな木立の中にいくつもの建物が散在しています。明治24年に学園の前身弧女教育施設が石井亮一によって建てられました。彼の死後を継いだ夫人の石井筆子夫人も献身的に知的障害を持つ子供への福祉事業をすすめました。増設増園の中にも現在までその意志は引き継がれていま。この写真は、「ここまでが規定の広さです。でも2人住むには狭過ぎます。これだけ広げました。人間の尊厳です。」と説明される事務の方です。柔和な瞳で語っておられました。キリスト教の精神に満ちたご案内だったと思います。
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